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書籍名:落合博満 変人の研究

著者:ねじめ正一
出版社:新潮社

 

今、落合博満氏は、谷繁監督の事実上の解任を巡り、中日ファンは勿論、プロ野球ファンの批判の標的になっています。

本書は、落合氏が監督として実績を挙げ評価されつつあった2008年に刊行されました。本書では落合氏を変人と評価しつつも好意的な記載が目立ちます。

本書では落合氏をナマコのようなものだとし、「はじめて食べるときは勇気が要る。その勇気あるものだけが、落合の歯ごたえ、落合の美味しさ、落合の苦みのある滋味を味あうことができるのである。」との記載があります。非常にうまい表現だと思います。

では落合氏は、「変人」なのでしょうか。 私はそうは思いません。

実は落合氏こそは、川上哲治(元巨人監督)、広岡哲朗(元ヤクルト、西武監督)、森祇晶(元西武監督)に繋がる昭和の伝統的なプロ野球道、野球スタイルを継ぐ監督であったといえます。

落合氏は、監督時代マスコミ対応がまずいばかりか、マスコミにほとんど話をせず取材に応じませんでした。GMである今もそうです。これは現代では異例な対応といえます。しかし、川上哲治氏が巨人監督時代に貫いたてきた、監督はチーム内部情報は厳格にマスコミ等の外部に漏らさないという対応、いわゆる「哲のカーテン」と言われた対応と似ています。このような対応であった時、巨人は9連覇を達成し、前人未到の実績を上げました。落合氏は、このような川上氏の対応を参考にし、これを承継したといえます。

今回谷繁監督の事実上の解任をした落合氏のGMとしての対応を見て、落合氏は、冷酷な人物といえるでしょうか。私はそうは思いません。

実は落合氏は監督の間、名古屋ドームでの試合中、主審が非常に体調を崩していたのを見抜き、主審交代を求めたことがありました。また、中村紀洋氏が引退の危機に陥り、誰も手を差し伸べなかった時、中村紀洋を中日ドラゴンズに入団させ、再生させました。これらのエピソードからわかるとおり非常に人情深い気配りの人だと思います。

落合氏がプロ野球選手、監督以外のGMとして適任かというとかなり疑問が残ります。しかし、三冠王を3回も取って頂点に立った選手だったにもかかわらず、ロッテからローカル球団の中日に選手として来てくれた(巨人入団の可能性が高かったのに、当時の星野監督の誘いで中日入団)、中日の監督を務めてくれたこともあり、中日のGMの地位にあることはある程度納得せざるを得ません。

落合氏が中日監督として8年も在籍しながら特に残念であった点が1点あります。落合氏の先達である川上哲治、広岡哲朗、森祇晶の監督は、チームに日本人の4番バッターを育成しました。それによりチームはリーグの覇者となりました。落合氏はチームに日本人の4番バッターを育成することはできませんでした。結局、そのことが中日ドラゴンズの長期低迷の原因となっています。落合氏に今後期待することはGMに地位に留まることよりは、再度監督または2軍監督になり、中日ドラゴンズの日本人4番バッターを育成することしかありません。

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